
広島県の古代~現代までの歴史の簡単な一覧を作ってみました。
市の主要な地域はほぼ海中にあって、太田川下流域は奥深くまで海水が湾入していました。
しかし牛田、矢野、五日市や広島湾に浮かぶ島だった比治山に縄文時代の遺跡が中山、
上深川などには弥生時代の遺跡が存在している。
1221年の承久の乱の後、新たに安芸国守護職となった武田氏はやがて銀山城に、本拠をおきました。
城下付近は市がたつなど賑わいをみせるようになり、政治の中心も府中から銀山城周辺に移って行きました。
1589年(天正17年)、毛利輝元は当時五ケと言われていたデルタの上に築城を始め、この地を
広島と命名したといわれています。同時に領内各地から家臣を移住、職人や商人を招くなどし、京都、
大坂にならって城下町の建設を行いました。
1919年(大正8年)の4月に都市計画法が制定されると、本市もこれに即応する体制を整えました。
1925年(大正14年)の1月、当時の広島市とその隣接7か町村を含む地域が、
都市計画区域として決定され広島市は隣接7か町村との合併交渉を積極的に進めました。